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順道館

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今日、幼なじみである ミッぺ のおやじさんの葬儀に行ってきた。

小学・中学時代お世話になった順道館という道場で、一緒に剣道をやってきた仲間のおやじさんだ。

ただのおやじさんではなく、当時息子二人の剣道を見ているうちに、40歳から自分でも剣道をはじめ、とうとう息子たちより早く6段をとり、指導者となって県剣道連盟から表彰をうけられたという経歴の持ち主だ。
自分たちが中学の頃、やっと素振りをはじめられたのを記憶しているが、まさかそこまで極められていたとは。

順道館といえば、昨年40周年を迎え、剣道界では名を轟かす名門道場である。おととし日本一になった警視庁の内村くんなんかも同道場の出身で、毎年必ず優秀な成績を収めている。

今から35年くらい前、自分たちの3つ上の先輩たちの頃から、毎年県大会で優勝するようになり、まさに第一次黄金期の真っただ中でやっていたわけだ。

そんな中、おやじさんは、いつも熱心に応援されていたが、夕食の時はいつも箸が竹刀になり替わり
「攻めとは・・・」といった説教が始まっていたそうだ。
自分もそうだったが、友人にとってもやったこともない親にあれこれ言われるのは、とても心外だったようで、「やったこともないのに・・・」と相手にしなかったようだ。

おやじさんは、それがよほど悔しかったようで、それから自分で竹刀を持つようになったといういことだ。

剣道は、普通のスポーツとは違い、そう簡単にはいかない。つまり子供のころから相当基本をやった上でやっと剣道らしいものができると程度で、40歳から始めるというのは、非常に稀で、さらに6段まで極めるというのは、さらに驚くべきことである。

今、その息子二人とも学校の先生で剣道を教えており、同級生であるミッぺは、鹿児島で若くして教頭になっている。さらに彼の子供二人も剣道をしているそうだ。

最近、道場関係者と会う機会が増えているのは、その頃お世話になった先生方や今日みたいな同級生の親の葬儀に出席することが多いからで、時の流れとあらためて順道館という伝統ある道場でお世話になったことのありがたさを感じている。

自分も1年半前に、子供の小学校を指導するようになり、15年ぶりに竹刀を握ったが、自分がやるというより、小学生の指導なので、本格的に体を動かしているわけではない。

今日同級生で出席したしたのは、自分と甲斐くんという当時のキャプテンでむちゃくちゃ強かった男だ。同じレギュラーでも他の4人はどこかさぼりグセがあったが、彼は全く手を抜かず、ハングリー精神をもった男で、みんな彼には頭があがらなかった。

その甲斐くんは、大学卒業後、北海道で勉強し、同じ菊池市旭志の酪農家に養子にきてがんばっている。酪農は一日も休みがない。彼の息子も剣道をしているが、試合もほどんど見に行っていないと言っていた。

その彼が、俺もだいぶ役目を果たしたし、そろそろウズウズしてきたので、春頃から剣道を始めるかなと言っていた。
自分は大学卒業後、実業団で7年くらいやっていたが、彼はもう24年くらい竹刀を握っておらず、まさか今からまた始めるとは思っていなかった。彼の場合、子供の指導ではなく、本人がやるというのだから驚きだ。

しかしながら、ミッぺのおやじさんが、40歳で一からはじめられたように、我々のような経験者であれば、体力は別にしても、感は1年もあればある程度もどるのではないかと思う。
今年は、小学生相手ではあるが、防具をつける機会を増やし、自分自身も稽古させてもらおうと思う。

自分の母体である順道館を目標に、我菊之池小学校剣道部の子供たちにもがんばってもらいたい。

順道館OB 平川

 

 

 


 

 


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